トルネコの大冒険〜不思議のダンジョン〜
![]() | トルネコの大冒険〜不思議のダンジョン〜 (1993/09/19) SUPER FAMICOM 商品詳細を見る |
”1000回遊べるRPG、登場!”
上記キャッチコピーでアピールしたダンジョン探索タイプのRPG。
それが1993年9月19日にスーパーファミコンでエニックスから発売された「トルネコの大冒険 不思議のダンジョン」でありました。
元は「ローグ」というPCゲームなのだそうですが発売当時は知る由もなく。
ただドラクエIVで操作したことのあるキャラ、トルネコが出てくるかなり変わったRPGが出るということでちょっと興味を惹かれてプレイしてみたのでした。
勇者との冒険により世界に名の知れた武器商人となったトルネコ。
新たな村に移住して店を始めることになったのだが、その村には「入るごとにマップが変わる不思議なダンジョン」が存在していたのだった。
トルネコの新たな冒険がまたスタートする!
というのがプロローグでありまして。
とは言え物語性はかなり薄く、ストーリーを楽しむというよりはゲームシステムで遊ばせる類の作品になります。
ダンジョンを潜っていって、とある箱を見つけてくるという目的の為トルネコは冒険するのですが、このダンジョンは「不思議のダンジョン」と呼ばれていまして。
そこに眠る「しあわせの箱」と呼ばれるアイテムを探し出し持ち帰ることが目的となります。
そして前述の通り入るごとにダンジョンの形やアイテムの種類などはランダムに変更されるので、マップ固有の攻略法・マッピングというのは無意味になるわけです。
またモンスターの攻撃で例えHPが0になっても出口へ戻されるだけ、でも上げたはずのレベルがまた1に戻されますしそれまでに得たアイテムも全て失います。
パラメータの中には「満腹度」というものもあり、アイテムの「パン」などで回復することが出来るのですがこれが0になると歩くだけでHPが減るので、それが原因でHPも0=餓死、によりまた戻されるなんてことも起こり得ます。
で、中に落ちてるアイテムを活用しモンスターと戦いながらトルネコはまた今日も進んでいく、と。
このゲームは、本当に死ぬと悔しいです。
良い武器や防具を拾って、万全の態勢でありつつもモンスターに襲われ体力を失い、これ以降冒険を続けるか、一度村に帰って仕切り直すべきか(その場合武器や防具は持ち込める)を色々と考えあぐね、しかし進むことを選択するという自分の判断ミスが原因でまた一から出直しとなったときの悔しさと言ったらもう、それはそれは……
と言いつつ「よし、次こそは!」とまた決意して潜ってはまた死ぬ、という繰り返しでして。
その辺りの中毒性が極めて高く、筆者もプレイ中はここでやめよう、ここで終わりにしようと思いつつずるずると続けてしまったものでした。
1階辺りの広さはそう大きくないですし、いつでもセーブということでプレイのしやすさと言う点では文句が無い出来なものですからまた、どうしてもダンジョンに潜りたくなってしまうんですよね。
そうした冒険の果てに目的の箱を見つけ、それを持ち帰るべく来た道を戻っていって(一気に戻る手段はこのときは封じられる)村にたどり着いたときの達成感はかなりのものでした……スタッフロールを見ながら感慨にふけってしまいましたね。
ただ次作以降の「不思議のダンジョン」ではそれ以降も更に極めるべく潜り続けていったのですが、今作ではそこで満足感を得てしまい、「もっと不思議なダンジョン」には手をつけないままにしてしまいました。
今だととても考えられないのですが、当時はやはりあまりに斬新なゲームシステム性であったので、エンディング見るだけで十分だという気持ちになってしまったんですね。
まあそれで全然OKのはずなんですが、今振り返るとそう思った自分に対し何か悔しさを感じる部分もあります。
ということで。
確かに通常のRPGとのゲームデザインの違いに戸惑う部分もありましたが、飲み込めてからの中毒性の高さは相当なものがありました。
筆者の評価はランクB+です、未プレイなら遊んでみる価値は充分あると言えるのではないでしょうか。
とは言え物語性はかなり薄く、ストーリーを楽しむというよりはゲームシステムで遊ばせる類の作品になります。
ダンジョンを潜っていって、とある箱を見つけてくるという目的の為トルネコは冒険するのですが、このダンジョンは「不思議のダンジョン」と呼ばれていまして。
そこに眠る「しあわせの箱」と呼ばれるアイテムを探し出し持ち帰ることが目的となります。
そして前述の通り入るごとにダンジョンの形やアイテムの種類などはランダムに変更されるので、マップ固有の攻略法・マッピングというのは無意味になるわけです。
またモンスターの攻撃で例えHPが0になっても出口へ戻されるだけ、でも上げたはずのレベルがまた1に戻されますしそれまでに得たアイテムも全て失います。
パラメータの中には「満腹度」というものもあり、アイテムの「パン」などで回復することが出来るのですがこれが0になると歩くだけでHPが減るので、それが原因でHPも0=餓死、によりまた戻されるなんてことも起こり得ます。
で、中に落ちてるアイテムを活用しモンスターと戦いながらトルネコはまた今日も進んでいく、と。
このゲームは、本当に死ぬと悔しいです。
良い武器や防具を拾って、万全の態勢でありつつもモンスターに襲われ体力を失い、これ以降冒険を続けるか、一度村に帰って仕切り直すべきか(その場合武器や防具は持ち込める)を色々と考えあぐね、しかし進むことを選択するという自分の判断ミスが原因でまた一から出直しとなったときの悔しさと言ったらもう、それはそれは……
と言いつつ「よし、次こそは!」とまた決意して潜ってはまた死ぬ、という繰り返しでして。
その辺りの中毒性が極めて高く、筆者もプレイ中はここでやめよう、ここで終わりにしようと思いつつずるずると続けてしまったものでした。
1階辺りの広さはそう大きくないですし、いつでもセーブということでプレイのしやすさと言う点では文句が無い出来なものですからまた、どうしてもダンジョンに潜りたくなってしまうんですよね。
そうした冒険の果てに目的の箱を見つけ、それを持ち帰るべく来た道を戻っていって(一気に戻る手段はこのときは封じられる)村にたどり着いたときの達成感はかなりのものでした……スタッフロールを見ながら感慨にふけってしまいましたね。
ただ次作以降の「不思議のダンジョン」ではそれ以降も更に極めるべく潜り続けていったのですが、今作ではそこで満足感を得てしまい、「もっと不思議なダンジョン」には手をつけないままにしてしまいました。
今だととても考えられないのですが、当時はやはりあまりに斬新なゲームシステム性であったので、エンディング見るだけで十分だという気持ちになってしまったんですね。
まあそれで全然OKのはずなんですが、今振り返るとそう思った自分に対し何か悔しさを感じる部分もあります。
ということで。
確かに通常のRPGとのゲームデザインの違いに戸惑う部分もありましたが、飲み込めてからの中毒性の高さは相当なものがありました。
筆者の評価はランクB+です、未プレイなら遊んでみる価値は充分あると言えるのではないでしょうか。
テーマ : 不思議のダンジョンシリーズ - ジャンル : ゲーム
タグ : トルネコの大冒険
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